第三巻 解説
佐藤忠男(映画評論家・日本映画学校校長)
 この巻に収められている「お猿の三吉〜突撃隊〜」(1934年)、「一寸法師〜ちび助物語〜」(1935年)の瀬尾光世は、1930年代のはじめに盛んだったプロキノの出身である。プロキノとは半ばアマチュアの映画青年たちが集まって小型映画を使ってプロレタリア意識を盛り上げるためにやったもので自主制作自主上映の運動として注目されたものである。ドキュメンタリー作品が主だったがその中でアニメーションも作ろうという動きが生じた。しかし警察の弾圧で長くは続かずに潰滅状態になった。瀬尾光世はこの運動の中でアニメーションの技術を学び、この世界に入ってくる。そして戦争の時代になると日本で最初の長篇アニメーションである「桃太郎の海鷲」(1943年)や「桃太郎の神兵」(1945年)を作る。いずれも典型的な戦意昂揚映画であったが、アニメーションでも劇映画に劣らず劇的な盛り上がりをつくり出せることを示してこの業界の重鎮のひとりになった。
 この巻に「ターチャンの海底旅行」(1935年)と「雀のお宿」(1936年)が収められている政岡憲三は、戦前の日本のアニメーションの芸術的頂点をゆく傑作として定評のある「クモとチューリップ」(1943年)の作者であり、生涯一貫して子どものための温かい心のこもったアニメーションを作りつづけた人である。なごやかなユーモアのかもし出し方にとくにすぐれている。敗戦直後の1946年に「桜(春の幻想)」という純粋に映画詩的な美しい小品を完成したが、あまりに芸術的でありすぎたせいか、配給会社にキャンセルされて公開されなかったのがかえすがえすも惜しい。
 この巻の収録作品のひとつの「忍術火の玉小僧〜江戸の巻〜」の作画担当者のひとりに、酒井七馬の名があるのが興味深い。巨匠手塚治虫が敗戦直後に現れて児童漫画の世界を一気に巨大な文化産業に押し上げたが、彼の記念すべきデビュー作の「新宝島」はじつはこの酒井七馬との合作だったのである。はたして合作でどういう役割を担ったのか明らかでないので忘れられた存在になっていたが、日活京都撮影所漫画部で作られた一連の酒井七馬がかかわった作品を見ると、これがじつに勢いがあって面白い。もっと注目され、研究されていい人であると思う。
 マンガにしろアニメーションにしろ、近年急速にその価値が認められるようになったのであるが、長い間、文化としては二流と見られて差別されていたために記録に残らず、分からないことが多い。とくに古典はそうである。このコレクションが新しい研究をうながす力になることを期待したい。